公開日: 更新日:

「諦め」はどのように生まれるのか?

「諦め」はどのように生まれるのか?

みなさんには何かを諦めたことがある経験はありますか?

「人生で一度も諦めたことが無い!」

そういう人はかなり稀なのではないでしょうか。人間は無意識的にかなりの諦めを蓄積しています。

諦めは幼少時代につくられる「無意識エンジン」によってつくられます。
#ここでは無意識エンジンについては触れません。別途触れます。

私も人生の中でいろいろなことを諦めてきました。

①人間に対する諦め

はっきりとした記憶があるわけではないのですが、双子で生まれたことにより、親を独り占めすることができなかった感覚がありました。親の愛情を100%受けることができないと思いこんでいたので「自分は親から愛されることや認められることはないんだ!」というアイデンティティが形成されました。

②勉強に対する諦め

小学校、中学校の頃はテストの点数はだいたい100点で、学校の中でも順位はトップ近くでした。しかし、高校に進むといろいろな中学校から頭がよい人たちが集まってきたのもあり、全体の中での順位は下がりました。今振り返って思うと正直どうでもいいことなのですが、当時はいかにテストで高い点数をとって偏差値が高い大学に行くのかが大事だと先生や親、社会によって思いこまされていたのです。いくら勉強しても成績が優秀な人たちとの格差が埋まることはありませんでした。勉強しても勉強しても勝てない人がいる、そう一度思ってしまうと、自分の能力はこの程度なのだという諦めが出てきました。

③就活での諦め

私が就活をしていたのは、2008年のリーマンショックの直前でした。当時は就活氷河期でもなく、しかも私が通っていた大学は時代の最先端であるIT技術を学ぶ大学で、国立というのもあり、就活に困るという人は周りにもいませんでした。私自身も大学推薦で1社だけ受けて、その会社に就職するという、ほぼ何の苦労もせずに会社に入りました。今思えばそれがよかったとは微塵も思いませんが、当時は楽したい想いが強かったのでしょう。プラスして、大企業を受けるということへの諦めもありました。落ちるというリスクを冒してまでチャレンジするより、傷つかない選択肢を選んだのです。

 

人生とは意思決定の連続です。進学、就職、転職、結婚、離婚、いろんな人生のターニングポイントがありますが、その都度、自分の意思決定がどこからどのように行われているのか?は人生に対しても大きな影響を及ぼすのです。