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個人主義がまん延する日本

個人主義がまん延する日本

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時代は個人主義だとよく言われます。みなさんは個人主義を普段実感することはあるでしょうか。

私が個人主義を感じたエピソードをご紹介します。

小学生や中学生だった頃、友達と遊びに外へ出かけるとき、必ずと言ってよいほど親から聞かれることがありました。それは「友達の名前」です。どんな友達と遊ぶのかを親は常に気にしていました。親が直接面識がある子だったら、特に何も言わないのですが、親が知らない子の場合、どんな子なのか、その特徴を質問されていました。

私が通っていた学校は、不良が多い地域でした。親としては不良の子たちと付き合うことに対して不安もあったのでしょう。しかし、子供の私からしたら、「誰と遊んでもいいじゃないか。」と言いたいところでした。親からしたら「自分」の範囲が「家族」なのです。家族の一員である子供がどんな人と付き合うのかに対しても干渉してくることに対して、私は違和感を覚えましたし、束縛されている感じがして嫌だったのです。

最近ではこういう記事も見かけて驚かされました。

「チームのために頑張ろう!」と言わない青学・原監督の若者掌握術

グローバルに広がる「若者の個人主義」

原田 栗山さんにも某誌の取材でお話を聞きに行ったら、原監督と同じ話をしていた。「原田さん、僕はもうチームの優勝をゴールに掲げるのをやめたんです」「選手各個人の、最高の成長をゴールに考えている」と。そうすると選手たちも、「あ、監督は俺のことをちゃんと考えてくれているな」と理解して頑張るようになり、結果としてチームが優勝するということですよね。

私が子供の頃以上に個人主義が加速していそうです。

「チームのため」「誰かのため」というのは元々、和の精神を持っている日本人の美徳でもあったはずです。それが失われつつあることに対して危機感を覚えます。

西洋から輸入してきた個人主義、これを加速させていくことが本当によいことなのでしょうか。個人主義になればなるほど、支配する側からすれば都合がよいことがあります。(ここでは「支配する側」が何なのかについては述べません)

支配する側は個人を管理したがるので、団結されては困るのです。個人主義に陥ることは、まさに支配する側と支配される側の格差を大きくすることにも繋がります。