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全体像が理解できることの価値

全体像が理解できることの価値

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私がシステムエンジニアをしているとき、常に難しかったことがありました。

それは「システムの全体像を理解すること。」です。ここでいう「システム」とはスマホに入っているアプリのように、何かしらのインプット(文字入力など)に対してアウトプット(画面表示など)が行われるもの、くらいで理解してください。

システムの開発は小規模から大規模まで、本当に幅広いです。1人で開発を行うような小さなシステムであれば全体像を理解することはそれほど難しくないでしょう。しかし、そうでない場合の方が圧倒的に多いです。つまり複数、多ければ数百人で1つの大きなシステムを開発するわけです。

当然、システム開発を開始した段階から入った人もいれば、そうでない人もいます。私は途中から入ることがほとんどでした。そうなると、まずそのシステム自体を理解する必要がありますが、規模が大きいと全体を理解する時間的余裕はありません。ですので、自分の仕事に関係するところだけ理解しようとします。つまり全体ではなく、部分を理解しようとするのです。

数か月・数年間、開発を続けてきたシステムを、途中から開発に入って全体像を理解することは容易ではありません。時間をかければできないこともないでしょうが、利益を追求する会社はそれを許容しません。

全体像を理解できないことで困ることがあります。それはちょっとした変更が全体に及ぼす影響を考慮できないことによる不具合です。全体像を理解できていれば、部分の変更を適切に行うこともできるでしょう。しかし、部分と全体が繋がった理解ができていないとそれは難しいです。

ここまでで、システムエンジニアがよく困ることをご紹介しました。

私は認識技術との出会いを通して、この「全体像の理解」「部分と全体が繋がらない」という課題を解決することができる確信を得ました。この技術がなければシステムエンジニアが抱える問題を解決することができないことも理解できたので、IT技術以上に認識技術の価値を感じたわけです。

システムの全体像を理解するためには、システムの中だけを理解するのでは不十分です。システムの外からシステムの中を理解する「目」を持たなければ全体像を見ることはできません。認識技術を得て、私はこの新しい「目」を得ることができ、そこからIT技術を理解すると、とてもシンプルに全体像を理解することができるようになりました。