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【2分で読める】物質コンピュータを扱うSEから宇宙コンピュータを扱うSEへ

【2分で読める】物質コンピュータを扱うSEから宇宙コンピュータを扱うSEへ

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AIを超えるGI創造者、よしじゅんです。

いつもブログを読んでいただき、ありがとうございます。

今日は私の人生ストーリーを通しながらの変化をつづります。

 

何不自由ない幼少期

nTechと出会う前までの私の人生を一言で表現すると「役割混迷の人生」でした。自分の存在価値、生きる意味価値を模索し続ける人生だったのです。

 

両親とも学校教師をしている家庭に生まれ、2人とも性格は穏やか、経済的にも安定していて、特に何か不自由なこともなく成長しました。

 

中学までそれなりに勉強はでき、高校も地元の進学校に進み、そのまま国立大学に進学しました。順風満帆とまではいかないものの、特に大きな挫折をすることもない人生でした。

 

SEの道へ

大学に進む際、私は将来の職業も考えて大学を選択しました。

その道とは、「システムエンジニア(SE)」でした。

 

高校生当時、「これからはITの時代だ!」とよく周りから情報が入ってきていましたし、IT業界は確実に成長していくという確信を持っていたので、迷うことなくシステムエンジニアの道を選択したのです。

 

大学に入り、コンピュータの仕組みやプログラミングを学び、さらに自らプログラムを書く中で、IT業界の成長への確信はさらに高まっていきました。

大学ではゲームプログラミングサークルに入り、自分が好きなゲームを自由につくれることに喜びを楽しさとワクワクを感じていました。

頭で考えたことを、自らがコンピュータを通して具現化できること、そこに無限の可能性を感じた私は、

 

「ITを始めとした科学技術が進化すればするほど、人間の生活は豊かになるし、自分や周りの人の人生も豊かに幸福になるはずだ!」

と思うようになりました。他のメディアや親からの影響も大きかったのですが、科学技術に対する絶大な信頼がありました。

理由はシンプルで、目に見える世界、物質的な世界を豊かにしている根幹には科学技術の進化があったからです。

 

会社の経験

しかし、大学を卒業して入った会社で、ITへの確信は簡単に揺るがされます。

 

仕事では「自分がつくりたいものをつくれる。」なんていうことは幻想にしか過ぎない現実を思い知りました。

1000人くらい社員がいて、細かく事業部や課、プロジェクトが分かれていると、自分で仕事を選べるような自由度は皆無でした。

上司から振られるプロジェクトに参画し、先輩やお客さんの指示のもと、言われるがままの作業をする、そこにはクリエイティブの欠片もありませんでした。

私は日々マンネリと戦いました。

与えられた環境の中で、いかに自分のやりがいを見出すか、そこに注力する毎日でした。

何の役に立つのか、誰の役に立つのかもわからず、左から流れてきたものを右に流す、このベルトコンベアから一生降りることができない自分の人生を想像したら正直頭がおかしくなりそうでした。

 

周りの上司・先輩をみていても、どうみても楽しそうには見えませんでしたし、ここであと10年、20年働いて上司や先輩のようになる自分を想像した時、絶望しかありませんでした。

かと言って、自ら起業するような勇気も、信頼できる仲間もいなかったので、起業の「き」の字も頭にはありませんでした。

 

人生を考える

そこから、私は初めて自分の人生について考え始めます。それまでは平凡な人生すぎて、自ら考えることすらなかったのです。

そして、2011年、3.11の大震災が起きたことで、より人生について、生きるとは何か、死ぬとは何かを考えだしました。

 

人の役に立つためにボランティア活動をしてみたり、専門外の本を読んでみたり、転職してみたり、といろいろな角度から答えを探しましたが、何をやってもどこに行っても、納得する答え、自分の人生が幸せになる道が見つかりませんでした。

より一層、人に対して、会社に対して、社会に対して諦めを蓄積していくばかりだったのです。

 

nTechとの出会い

そんな時、ある人がキッカケとなり、認識テクノロジー(nTech)と出会いました。科学技術万能主義だった私にとっては混乱することだらけの内容でしたし、聞いたことがない単語だらけで正直戸惑いました。

唯一、鮮明に覚えていることは

「たった1つの動きだけで全てを整理している。」

ということでした。

コンピュータの仕組みを学び、活用していた立場だったこともあり、私はコンピュータの

「0と1の2パターンの組み合わせだけで全てを表現し、プログラミングできる。」

という、シンプルだけれども、とてつもない汎用性の高さを持つコンピュータに対して、絶大なる信頼と可能性を感じていました。

ここには何か答えがあるんじゃないかと思って、1週間の研修に参加することにしました。

 

nTechではコンピュータのように2パターン(0と1)ではなく、たった「1パターンの動き」だけでコンピュータの仕組みだけでなく、人間の考えや感情が生まれる仕組み、人と人とが分かり合えない仕組み、などなどありとあらゆる分野のことを解析できることに衝撃を覚えました。

1週間はものすごく濃度が濃ゆく、時間が過ぎるのがあっという間でした。

一定程度の理解が蓄積していった時、私の人生を変える大きな認識の変化がありました。

目を開けた状態で、模様や形があるままで、自分と自分の宇宙が完ぺきに消えたんです。
消えたのと同時に、初めて本当の自分と出会えました。

本当の自分は誰とも比較することができない、無限の可能性そのもので、役割混迷だった悩みが一掃されました。

 

そして、自分と自分の宇宙が消えたところから、宇宙がどのように立ち上がるかの仕組みでみることができるようになりました。
実は物質のコンピュータだけでなく、自分の認識画面がコンピュータであり、そのコンピュータを作動させる原理を得たんです。

自分の認識画面によって苦しめられることが人間共通の仕組みであり、誰も責めることができないことを知りました。

 

そして1週間の研修の中で、私は本当の日本と出会いました。

生まれてから一度たりとも、日本人として生まれたことにプライドを持てませんでした。

自虐史観が強く、アジアに迷惑をかけた日本は無条件で西洋よりも下であり、科学技術をつくり、発展させた西洋はすごい、その観点に固定していたのです。

nTechと出会い、科学技術が絶対的に正しいわけではなく、科学者もいまだ答えを探し続けていることを知り、私は科学技術万能主義から解放されました。

 

生まれて初めて、日本に対して、日本人に対して、プライドを持てるようになりました。そして、そのことを教えてくれたのは韓国人のノさんでした。

 

個人の変化は歴史の流れからすればとてもちっぽけなものです。日本という集団の方向性が変化することを通して、個人の夢・ビジョンは自動的に叶うという道がみえたとき、私は1ミリの迷いもなく「日本が行くべき道」を選択しました。

 

私は今、Teal組織の実践モデルである、Dignity Teal組織をつくる、Re・riseムーブメントに賛同し、代表としても活動しています。

誰もが個人・関係性・組織の悩みを抱えている現代社会において、その解決を個人任せにするのではなく、環境(海)を活用しながら、30人で変化をつくり、30人がまた次のRe・rise協会をつくっていく、組織のコピーを生んでいく活動を行っています。

 

もし役割混迷の人生を終わらせたい方がいれば、連絡待っています。