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生きるとは何か、死ぬとは何か

生きるとは何か、死ぬとは何か

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いつもブログを読んでいただきありがとうございます。

AIを超えるGI創造者、よしじゅんです。

今日は「生きるとは何か、死ぬとは何か」というテーマでブログを書いてみたいと思います。

人間、ほとんどの人が「自分が今生きている」と思っているでしょう。

「私は今死んでいます。」と言っている人がいたら、ちょっと怖いですよね。

しかし、生きているという根拠は何なのでしょうか?

体が動くから?息をしているから?歩ける、走れるから?

それで本当に生きていると言えるのでしょうか。

まずは生きている、とは何を指してみんな言っているのかを考えてみましょう。

そのためには、死んでいたらできないことを考えてみるのがよいです。

死んでいたらできなさそうなこととしては、

・ごはんを食べる
・足で歩く
・お茶を飲む
・笑ったり泣いたりする

などが挙げられるでしょう。

これらの共通点とは?それは全部5感覚を使っているということです。ごはんを食べるにも触覚や視覚、味覚を使います。足で歩くのも触覚を使います。つまり、5感覚を使っているということが、「死んでいない = 生きている」ことの根拠としていそうです。

5感覚を使っている、その前提には

「この体が自分である」

があるということです。

では、体が自分という大前提はそもそも正しいのでしょうか。

体という境界線自体が、実はものすごく曖昧だということにほとんどの人が気づいていません。

足で歩く

この表現だけとってもそれは明らかです。

足にエンジンがない状態で、足単体で動くことは不可能です。

足が動くためには人間の心臓が動かないといけません。

そして、心臓も単体では動かず、酸素を吸って二酸化炭素を吐かないといけなく、そのためには植物が光合成をしていなければなりません。

植物が存在するためには、地球が自転・公転して昼と夜がないといけません。このように考えると、実は体が単体と存在できているわけではないのです。

それにもかかわらず、この体が存在していることを前提として自分が生きていると思い込んでることに気づかないことはかなりやばいことです!

まずは、今まで当たり前すぎて考えることもなかった、生きるとは何か、死ぬとは何かについて一人一人が考えてみ、当たり前を疑ってみることから始めましょう。

そのためには、まず哲学になじむことをおすすめします。哲学とは自ら問いを投げてその問いに答えることを通して究極の疑いにまで到達するものだからです。

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