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そもそも日本人に哲学って必要なの?

そもそも日本人に哲学って必要なの?

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AIを超えるGI創造者、よしじゅんです。

いつもブログを読んでいただきありがとうございます。

今日は令和哲学カフェに参加しての感想をかいていきます。

改めて、なぜこの令和哲学カフェが日本に必要なのか?

その理由と確信が深まる場でした。

令和哲学カフェっていうけどさ、そもそも哲学って必要なの?

いやー、まさに同じこと思ってましたよ、私も。

科学技術がめちゃめちゃ便利な時代に、今更哲学かよ。。

そう思いませんか?

じゃあ、こんなに科学技術が進化しているのに、離婚率は減らないわ、うつ、自殺は減らないわ、戦争は終わらないわ、問題だと思えることはどんどん山のように増えてるじゃないですか。

これって何で?

いつも思わないにしても、一度や二度は考えたことありませんか?

私は考えました。

だけど、考え続ける前にあきらめてしまう人が多いのが日本人です。

なぜならば!

この「なぜ?」をあまり考えなくてもいい、地政学的な背景があったからです。

大陸の中国・朝鮮半島、そして日本にたどり着くころには、現実で使えない哲学ではなく、現実で使えるレベルにまでなった状態になっているから、すでにあるものを使えばよかったんです。

わざわざ0から1を生み出す必要も皆無。

それでは、なぜ?なぜ?なぜ?と考えない人が増えるのも納得です。

これが、日本人が哲学が苦手な理由です。

だけど、だけど、ですよ。

もう苦手だから学ばなくていい時代は終わりです。

科学の対象が人間の体にまで及んでいる中、体を主体にしていては、いろいろなところで辻褄が合わなくなっていきます。

体がどんどん科学で開発されるようになった先に待っているのは、体・脳・感情までが機械化されていき、どこまでが人間でどこまでが人間でないのか?の境界線がわからなくなります。

明確に脳vs心の対決に勝利して、心の時代を世界へ宣言するのが、ずっと昔から心を扱ってきて、大事にしてきた日本人のやるべき仕事なんです。

そのためには、日本人が明確に哲学をマスターしなければなりません。

これが日本人に哲学が必要な理由です。

しかも、ただの哲学ではいけません。

ニーチェもカントも、ヴィトゲンシュタインさえも到達できなかった、1の世界をDefine(定義)できる哲学が令和哲学です!