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自分だけ?私、〇〇な人を見るとよく冷めていました。

自分だけ?私、〇〇な人を見るとよく冷めていました。

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このブログを読まれているみなさんは、日常生活を送っている中で、急に気持ちが冷めてしまうことってないでしょうか?

それまで何事もなく、楽しく過ごしていたつもりだったのに、突然テンションが下がるのです。

認識技術と出会う前、私にもそういうことがありました。私が冷めるときのパターンとしては「リア充」や最近では「パリピ」と呼ばれる人を見かけたり、彼ら・彼女らの投稿をFacebookなどのSNS上で見たときでした。私からすれば、全く意味がわからないテンションの高さでワイワイ騒いだりしているのを見ると、「こいつらは何が楽しいんだ?」「ちゃんと仕事しろよ!」と心の中でよくツッコんでいました。

私自身、友達がとても少ないタイプで、大勢でワイワイするよりは少人数が好きでした。いえ、少人数よりも1人で過ごす時間の方が好きなくらい人と話すのがとても面倒くさかったです。ですから、休日はもっぱら一人の時間を大事にしていました。

一人で過ごすのが好きだったはずなのに、なぜリア充・パリピたちを見ると冷めていたのでしょう?それは単純にうらやましかったのです(笑)

本音では自分もリア充のように充実している様子をみんなに知ってほしいし、パリピのようにはっちゃけたい心があるにも関わらず、どうせ自分のような根暗には無理だと諦めていたのです。諦めていたからこそ、それができている人たちを見ると、相対比較をして無関心なフリをしていました。

また、別の冷めるパターンとしてこういうこともありました。

私は小さい頃からサッカーが大好きでよくテレビ観戦をしていたのですが、その中で日本VS韓国戦を見ることがありました。日本と韓国の選手の対照さが印象に残っています。それは試合前から際立っていました。サッカーは試合前に両国の国歌斉唱があるのですが、日本代表の選手たちは君が代を歌わない人もいましたし、歌っても口が微かに動いているくらいの人がほとんどでした。

一方、韓国選手たちは全員、自分の胸に手を当てて大声で国歌斉唱をしていたのです。最初その様子を見たとき、直感的に「気持ち悪い!」と感じたのを覚えています。今振り返ると、それは「集団に対する不信」だったのでしょう。小規模であっても集団が同じ行動をしていることに対して無意識に「これはダメなことだ!」というのが働いたのです。

日本は第2次世界大戦で完膚なきにまでアメリカに叩きのめされました。それまで一億総特攻で徹底的に戦い抜き、その結果負けてしまったのです。このショックはすごく大きかったと思います。徹底的に熱くなって戦い、戦争に負け、戦後はテレビにアメリカの情報が入ってきます。テレビでは、いかにアメリカがすごい国なのかをアピールする情報ばかりです。

それを見て、戦争で戦ってきた日本人はどう思ったでしょうか?

「自分たちはこんな力を持っている国に戦いを挑んでいたのか。。何て馬鹿なことをしていたんだ。。」そう思った人も多かったことでしょう。

天皇を中心に熱くなり、アメリカに対して馬鹿な戦いを挑んだ。しかもアジアを侵略しようとしていた悪い国、日本。そのイメージが戦後生まれの日本人たちにはしみ込んでいます。それは戦後の歴史教育にも如実に表れています。

熱くなることへの無意識的な抵抗、これは私の「熱くなってプレーする韓国人に冷める」という現象の裏付けとなるものでした。

みなさんは熱くなることに冷めてしまうこと、ないですか?