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私の人生ストーリー~誕生から3.11まで~

私の人生ストーリー~誕生から3.11まで~

この記事を読むのに必要な時間は約 4 分です。

今回の記事では、私が人間として生まれて、その中でどのような過程を経て、今ココの私があるのかをお伝えしたいと思います。

32年前、私が生まれたころにさかのぼります。

「何でそんな昔のことから話を始めるの?」と思う方もいらっしゃるでしょうが、きちんと理由があります。

子供の心は大人以上にとても敏感です。脳が発達段階であるため、ちょっとしたことでショックが入るのです。私自身もそうでしたし、人間共通でもあります。

ですから、今の自分と生まれたころの自分は切っても切り離せないのです。

双子に生まれて

私は男3人兄弟の次男として生まれました。小さい頃はとにかく双子の弟と喧嘩ばかりしていました。

・モノの取り合い

・口ゲンカ

・殴り合い

双子はとにかく比べられることが多いです。家にいても親から名前を間違えられましたし、兄のお下がりを2人で分けないといけないし、親からモノをもらっても2人で分けないといけないので、まるで戦争かのごとく、弟より先に手を出して取り合いをしていました。

弟は家族というより、戦争の相手に近い存在でしたね。憎さしかありませんでした。

人間関係への諦め・絶望

このような弟との関係が蓄積していくと何が起きるかと言うと、

人と人とは絶対に分かり合えないんだ!

という、強烈な諦めです。

弟と喧嘩ばかりしていたことで、こんなに身近な人と分かり合えないのに、それ以外の人と分かり合うなんて、「絶対に無理!」そう思い込み、決めつけたのです。

そこから、ある意味で人生はシンプルになりました。人間関係を避ける人生のスタートです。

システムエンジニアへ

私が大学進学を考えていたとき、ちょうど、「これからはITの時代だ!」そのような風潮が世の中に登場してきていました。

大学に進学するということは、その先に仕事があるということを知識では知っていたので、進学先を考えるのと同時に将来の仕事を何にするのかを考えました。

私の仕事を決める基準はシンプルでした。

①あまり人と話す必要がない仕事

②これから成長する業界で、将来性のある仕事

この2点を満たす仕事は何か?、そして、その仕事につくために入るべき大学はどこか?それだけで選びました。

その基準で選んだ仕事が「システムエンジニア」だったのです。

これからの時代、ITは伸びるという話を周りから聞いたり、テレビで見ていたのと、パソコン相手に仕事をしているというイメージがあったので、人と話したくない自分としては「これだ!」と思ったのです。

何のための仕事?

私は大学の情報工学部に進学し、卒業と同時に、システムエンジニアとして東京の企業に就職しました。別に大学生活の中で仕事は変えることができたはずですが、全くその概念がなく、周りの同級生も95%くらいはシステムエンジニアになっていたのもあり、それ以外の仕事につくことも考えていませんでした。

大学を卒業して働き始めたころは、純粋に楽しかったです。日々、新しい技術・知識と出会えますし、つくっているものは世の中の多くの人が知っていたり、人の役に立つものだと思っていました。

ネックだった人間関係も問題ありませんでした。システムエンジニアはそもそもコミュニケーションをさほど重要視しません(人によりますが)。私自身、職場では仕事の話はしますが、仕事以外のことは全く話しませんでした。「仕事は仕事、プライベートはプライベート」そのように完全に切り分けようとしていました。

しかし、それも長くは続きません。それが

マンネリ

です。

最初は新鮮な環境だと思っていましたが、徐々に上から降ってくる仕事をこなすのに必死な毎日になり、人間関係は希薄ですし、家に帰っても別にやりたいこともありませんでした。

別にお金に不自由もないけれど、お金を貯めて「これに使いたい!」という意志もなかったですし、自分に対して自信がなかったので、将来に対する不安しかありませんでした。

不安をぬぐい去ろうと、お酒を飲んでみたり、休みの日は身体を動かしてたまったストレスを発散しようとしていました。

しかし、それはただの一時しのぎでしかなく、本質的解決とは到底言えるものではなかったです。

2011年3月11日

この日のことは今でも鮮明に覚えています。東北で大震災が起きた日です。私は震災当時、品川のオフィスビル7階で働いていました。今まで経験したこともない大きな横揺れ、ビルは耐震構造的に揺れるように作られていると、後から知りましたが、ビルが折れて死ぬのではないかと思うくらい、揺れました。

とてつもない恐怖でした。さらに、それから数か月は、テレビを見ていても震災関連のニュースしか見ないほど、日本全国が地震や原発問題で揺れていました。ニュースをみると、震災による死者の数が毎日のように増えていき、津波で流される人の映像をYouTubeで見たりもしました。

それまで、のほほんとした人生を過ごしていた私は、あることを悟ります。

人間、いつ死ぬかわからない。明日、いきなり人生が終わるかもしれない。

このまま、この会社にいて一生を終えていいのだろうか?自分が本当に人生をかけてやりたいことはこの仕事の延長にあるのだろうか?そのような疑問を持ち始めたキッカケが2011年3月11日にあったのです。

私の人生ストーリーはまた次回に続きます。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!